大人こそ知りたい、友人との「価値観の共有」を深める心理学
なぜ大人の友情には「価値観の共有」が重要なのか
社会経験を重ねた大人にとって、友人関係は人生における大切な支えとなります。しかし、仕事や家庭生活に追われる中で、かつての友人との関係がどこか表面的なものになったり、深い悩みを打ち明けられる友人が少なくなったり、といった課題を感じている方もいらっしゃるかもしれません。職場の人間関係とは異なり、友人との関係性には利害や役割による縛りが少ないからこそ、より本質的な繋がり、すなわち「心の通い合い」や「深い理解」を求めるようになるものです。
このような深い繋がりを築く上で、非常に重要な要素の一つが「価値観の共有」です。単に共通の趣味や話題で盛り上がるだけでなく、人生に対する考え方、人間関係で大切にしていること、仕事への向き合い方、幸せの定義といった、より根源的な「価値観」を分かち合うことで、友情はより強固で豊かなものへと進化します。心理学的に見ても、人は自分と似た価値観を持つ人に惹かれやすい傾向があり、これを「類似性の魅力」と呼びます。また、自分の価値観を理解され、受け入れられる経験は、自己肯定感を高め、相手への信頼感を深めます。
本稿では、心理学的な知見に基づき、大人だからこそ意識したい「価値観の共有」が友情にどう影響するのか、そしてどのように実践すれば友人との価値観の共有を深められるのかについて、具体的なステップと共にご紹介します。
「価値観」とは何か?友情における心理学的な役割
ここで言う「価値観」とは、単に好きな食べ物や趣味嗜好といった表面的なものではありません。それは、私たちが無意識のうちに物事を判断し、行動を選択する際の根底にある「大切にしていること」や「信条」です。例えば、「努力は報われるべき」「人は正直であるべき」「安定よりも挑戦を重視したい」「家族との時間が何よりも大切だ」といった考え方は、その人の価値観の一部と言えるでしょう。
心理学では、価値観は個人の「自己概念」や「アイデンティティ」と深く結びついています。自分の価値観を理解することは、自分自身を深く理解することに繋がります。そして、その価値観を他者と共有し、理解される経験は、自己開示の一形態であり、相手との間に心理的な距離を縮める強力な力となります。
なぜ価値観の共有が友情を深めるのでしょうか。 * 信頼感の醸成: 自分の内面、特に大切にしている考え方を安心して話せる相手だと感じることで、信頼感が生まれます。 * 相互理解の深化: 相手が何を大切にしているかを知ることで、その人の言動の背景にある動機や感情をより深く理解できます。 * 共感の促進: 価値観が近い部分があると、相手の感情や考えに共感しやすくなります。たとえ価値観が異なっても、違いを理解しようとする姿勢自体が共感を促します。 * 関係性の安定: 根源的な価値観で繋がっていると感じられる関係は、一時的な意見の対立や状況の変化にも強く、揺らぎにくい安定した関係性になりやすいです。
大人の友情で「価値観の共有」を難しくする要因
大人になると、価値観の共有が自然に深まる一方で、いくつかの要因がそれを難しくすることもあります。
- 忙しさによるコミュニケーション不足: 物理的に会う時間が減り、深い話をする機会が失われがちです。短い時間で済ませようとすると、表面的な話題に終始しやすくなります。
- ライフステージや環境の変化: 結婚、子育て、転職、親の介護など、お互いのライフステージや生活環境が変化することで、かつて共有していた価値観や優先順位が変化し、話が合わなくなったと感じることがあります。
- 新しい自己開示への抵抗: 長年の付き合いがあると、「今さら何を話せば良いのか」「変わってしまった自分をどう思われるだろう」といった、新しい自分の一面を見せることへの心理的なハードルを感じることがあります。
- 職場の人間関係との混同: 職場では、役割や建前、利害関係が優先されるコミュニケーションが多くなります。そのスタイルが染み付いてしまい、友人関係でも無意識のうちに「本音を出しすぎない方が良いのではないか」とブレーキをかけてしまうことがあります。
これらの要因を乗り越え、意識的に価値観を共有する機会を設けることが、大人の友情を再活性化し、より豊かなものにする鍵となります。
友情を深める「価値観の共有」心理学的アプローチと実践
では、具体的にどのようにして友人との価値観の共有を深めていけば良いのでしょうか。心理学的な知見に基づいた体系的なアプローチをご紹介します。
ステップ1:自己理解を深める(自身の価値観を知る)
相手と価値観を共有するためには、まず自分自身の価値観を明確に理解していることが重要です。自分が何を大切にしているのかが分からなければ、相手に伝えることも、相手の価値観との共通点や違いに気づくことも難しいからです。
【実践ワーク例:価値観のリストアップ】 静かな時間を取り、以下の問いについて考え、思いつくものを書き出してみてください。
- 人生で最も大切にしていることは何ですか? (例: 成長、貢献、安定、自由、人間関係、健康、学び、楽しさなど)
- 友人関係で、あなたが最も大切にしていることは何ですか? (例: 信頼、正直さ、共感、尊重、ユーモア、刺激、安心感など)
- 仕事を通じて得たいものは何ですか? (例: 達成感、収入、社会貢献、自己成長、安定、人間関係など)
- どんな時に最も「自分らしい」と感じますか?
- どんなことに時間やエネルギーを使うことに最も喜びを感じますか?
- これまでの人生で、あなたが「これは譲れない」と感じた瞬間はどんな時でしたか?
このリストは完璧である必要はありませんし、時間と共に変化することもあります。大切なのは、自分の中にどのような「大切にしていること」があるのかを意識化することです。
ステップ2:相手の価値観に興味を持つ(受容的な傾聴)
自分の価値観を知る一方で、相手の価値観に対しても純粋な興味を持つことが大切です。相手が話す内容だけでなく、その背後にある考え方や感情に耳を傾ける姿勢が求められます。心理学における「受容」と「共感」の姿勢が重要になります。相手を評価したり判断したりせず、「あなたは何を大切にしているのだろう」「なぜそう考えるのだろう」という好奇心を持って聞くことです。
ステップ3:安全な自己開示を行う(「脆弱性」の活用)
自分の価値観を相手に伝えることは、ある意味で自分の内面を「開示」することであり、そこには少なからず「脆弱性」を伴います。全てを一度に話す必要はありません。まずは、比較的話しやすい価値観や、特定の出来事を通じて感じたことなど、リスクの少ない自己開示から始めてみましょう。
【実践例:具体的なシチュエーションでの自己開示】 * 「最近、仕事でこんな経験をした時に、改めて『誠実さ』が自分にとってすごく大切な価値観だと気づいたんだ。」 * 「この本を読んで、今まで当たり前だと思っていた『幸せの形』について考えさせられたよ。〇〇さんはどう思う?」 * 「旅行に行ったんだけど、有名な観光地よりも、地元の人との触れ合いに一番心動かされたんだ。人との繋がりにすごく価値を感じるタイプなんだなって思ったよ。」
自己開示は一方的ではなく、相互に行われることで関係性を深めます。あなたが心を開いて話すことで、相手も心を開きやすくなる「返報性」の心理が働くことがあります。
ステップ4:共通の価値観や違いを探る対話(具体的なコミュニケーション)
お互いの価値観について、対話を通じて探っていく段階です。ここでは、相手に考えを促すようなオープンクエスチョンや、自身の具体的な経験に基づいた話をすることが有効です。
【具体的なコミュニケーション例】 * オープンクエスチョンを活用する: * 「〇〇(話題)について、一番大切だと思うことは何?」 * 「最近、どんなことに時間やエネルギーを使うのが楽しい?」 * 「これからの人生で、何か新しく挑戦してみたいことや、大切にしたいと思うことはある?」 * 「△△な状況になった時、あなたなら何を基準に判断する?」 * 具体的な状況と結びつけて話す: * 「ニュースでこんな出来事を知って、人間関係において信頼がどれだけ大切かを痛感したよ。」 * 「最近、ボランティア活動に参加したんだけど、誰かの役に立つことの喜びを改めて感じて。貢献っていう価値観が自分の中に強くあるんだなって気づいたんだ。」 * 違いを受け入れる姿勢を示す: * 相手と価値観が異なっていても、「そういう考え方もあるんですね」「面白い視点ですね」と、否定せずに一度受け止める姿勢を見せます。違いを理解し尊重すること自体が、深い関係性を築く上で不可欠です。全てが一致する必要はありません。
ステップ5:共有体験を通じて価値観を確認する
共に何かを体験することは、言葉だけでは伝わりにくい価値観や人柄を知る良い機会です。新しい活動に一緒に参加したり、旅行したり、あるいは特定のテーマについて深く語り合う時間を持ったりすることで、予期せぬ状況での相手の対応や、特定の出来事に対する感想から、お互いの価値観が垣間見えます。
【実践例:共有体験の機会を作る】 * 社会問題に関するセミナーや講演会に一緒に行く * 美術館や音楽イベントを訪れ、感じたことや考えたことを話し合う * ボランティア活動に一緒に参加する * 特定のテーマを決めて(例:「働くことの意味」「幸せとは」)、じっくり話す時間を作る * 共通の興味がある分野(例: 歴史、哲学、心理学)について一緒に学び、議論する
これらの体験を通じて、お互いの価値観が確認され、対話がさらに深まります。
価値観の共有がもたらす、豊かな友情
友人との「価値観の共有」は、一朝一夕に達成されるものではありません。それは、お互いを尊重し、関心を持ち、安心して心を開けるような安全な関係性を時間をかけて築いていくプロセスの中で自然に深まっていくものです。
このプロセスを通じて、友情は表面的な付き合いを超え、より深く、そして何よりも「あなたらしい」繋がりへと変化していきます。自分の大切な価値観を理解してくれる友人の存在は、人生における困難な時期に大きな支えとなりますし、日々の生活に豊かな彩りを与えてくれます。
もし、今の友人関係に物足りなさやマンネリを感じているのであれば、それは「価値観の共有」という新たな扉を開くサインかもしれません。心理学的なアプローチを取り入れながら、ぜひ、あなたにとってかけがえのない友人との関係性をさらに深めていくことに挑戦してみてください。その一歩が、あなたの人生をより豊かにする確かな糧となるはずです。